太刀の軌道 

一 太刀の道と云事。
太刀の道を知ると云ハ、
常に我さす刀を、指二つにて振る時も、
道筋よくしりてハ、自由に振もの也。
太刀をはやくふらんとするによつて、
太刀の道さかひて振がたし。
太刀ハ、振よきほどに、静に振心也。
或は扇、或は小刀などつかふ様に、
はやくふらんとおもふに依て、
太刀の道違ひて振がたし。
夫ハ、小刀きざみといひて、
太刀にてハ人のきれざるもの也。
太刀を打さげてハ、あげよき道へ上、
横にふりてハ、横にもどりよき道へもどし、
いかにも大に肘をのべて、
強く振る事、是太刀の道也。
我が兵法の五つの表をつかひ覚ゆれバ、
太刀の道定て振よき所也。
能々鍛錬すべし。

宮本武蔵
五輪書 水之巻


【現代語訳】

一 太刀の道〔軌道〕という事
 太刀の道を知るというのは(以下のようなことである。――)
 常に自分が差す刀を、(薬指と小指の)指二つで振るときも、(太刀の)道筋をよく知れば、自由自在に振れるものである。
 太刀を早く振ろうとすると、太刀の軌道に逆らって、振るのが難しくなるのである。(だから)太刀は振りよい程に、静かに振るという感じにする。
 扇あるいは小刀などを遣うように、太刀を早く振ろうと思うから、太刀の軌道がはずれて、振れない。それは「小刀きざみ」といって、太刀では(そんな振り方をすると)人を切れないものである。
 太刀を打ち下げては、上げやすい軌道へ(振り)上げ、横へ振っては、横に戻りやすい軌道へ戻し、できるだけ大きく肱〔ひじ〕を延ばして、強く振ること、これが太刀の道筋である。
 我が兵法の五つの表〔おもて〕のやり方を習得できれば、太刀の軌道が定まって振りやすくなるのである。よくよく鍛練すべし。